とらねこの鉄道写真館TOPページこらむTOPページ>五新線




全国には国鉄時代に造られた鉄道の建築物があちこちに存在しています。
昔は使用していたが廃止になったもの、ルート変更などで新線に切り替わったもの、
建設されるもさまざまな理由で使用されないものなどさまざまです。
北越急行や智頭急行など、国鉄解体後、運良く開業された路線もありますが、
ほとんどが道路になって違う用途で使用されるか、そのまま手を加えられる
事無く、朽ち果てて鉄道遺跡となって存在すら忘れられようとしています。

和歌山線で撮影していた時、五新線の存在を思い出し、
時間もあったので行ってみる事にしました。


※ この地図は見てもわかるとおり『略図』です。廃線跡めぐりなどでおでかけの際はちゃんとした地図を持参する事を強くお勧めします。
五新鉄道(国鉄五新線)は、奈良県五條市から国道168号線沿いに険しい山々を貫いて、
和歌山県新宮市までを結ぶ鉄道として
計画された路線です。

1922(大正11)年4月11日に公布された、
改正鉄道敷設法別表の予定線路にも、

本州の部 82
『奈良県五条ヨリ
      和歌山県新宮ニ至ル鉄道』


と記載されています。

計画自体は明治末期頃からあったようで、
沿線の村の人々の陳情により1937(昭和12)年に 五條から工事がスタート。途中戦争で工事が
中断されるも 地元の陳情が熱心に繰り返され、 1956(昭和31)年、途中の阪本までを結ぶ、
国鉄阪本線として工事が再開されました。

ところが、1959(昭和34)年に五条−城戸間の路盤が完成した所で、今度は採算上の問題で工事が中断されてしまい、 結局一度も列車が通る事は無く、完成した路盤は国鉄バス専用道として活用される事になりました。
国鉄民営化後はJR西日本のバスが走っていましたが、JRバス自体も数年前に廃止。 現在は奈良交通のバスが路線を引き継いでいます。私自身、JRバスが廃止になっていたのを今回初めて知りました。

地形図などを見てもわかるとおり、この付近も、この先新宮までの道のりも、 通った事がある方ならわかると思いますが、険しい山々に囲まれ、自然が行く手を阻む道のりという感じの場所です。

では、五条側から辿って行ってみましょう。


A地点五条駅側
(A地点)
A地点五条アーチ橋側
(A地点)
五条駅の西側約1キロの場所。和歌山線との分岐付近です。
左の写真が五条駅方向、右がアーチ橋の方向です。
すぐ北側数十メートルの所に和歌山線が通っており、
五新線はここから大きく南へカーブしています。

アーチ橋

上の右側の写真の向こう側、アーチ橋が続いており、国道24号線を跨ぎます。
この先、吉野川を越える為の橋脚があったらしいのですが、
洪水で流されたらしく現在は残っていないようです。
吉野川を越えると、川の堤防沿いに築堤が所々残っています。

B地点北方向
(B地点)
B地点南方向
(B地点)
霊安寺付近からバス専用道が始まり、国道は大きく迂回していますが、
専用道はほぼまっすぐ南につづいています。B地点南方向にはバス停も見えます。



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