パロディ版「ノルウェイの森」 〜多くの阪神ファンのために〜





100パーセントの虎党小説です。

※(巨人ファンからの)苦情は一切受け付けません



■阪神フーリガン 編■

 僕は阪神ファンになった当初、もの珍しさからわざわざ阪神が勝った日によくこの儀式を見物したものである。夜の九時過ぎ、阪神が勝ったのと殆ど同時に二人は道頓堀に姿を見せる。阪神ファンはもちろん、縦じまのハッピにハチマキ、阪神応援団員の方は黄色いトレーナーという格好である。阪神ファンは人形を持っている。阪神応援団員はソニーのポータブル・テープレコーダーを提げている。阪神応援団員がテープレコーダーを足元に置く。阪神ファンが阪神応援団員にうやうやしくカーネル・サンダース人形を差し出す。阪神応援団員が人形の足をロープで縛りつける。阪神ファンがテープレコーダーのスイッチを押す。
 六甲おろし。
 そしてカーネル・サンダースがするすると道頓堀へ落ちていく。
「六甲おろしに―」というあたりでカーネル・サンダースは顔のあたり、「ふれー、ふれ、ふれ、ふれー」というところで全身が水面下に沈む。そして二人は背筋をしゃんとのばして<気をつけ>の姿勢をとり、カーネル・サンダースをまっすぐ見下ろす。阪神が勝って巨人が負けていれば、これはなかなかの光景である。
 阪神が負けた日も儀式としてはだいたい同じような様式でとりおこなわれる。ただし順序はまったく逆になる。カーネル・サンダースはするすると上り、店頭に戻される。阪神が負けた日にはカーネル・サンダースは沈まない。



■巨人の組織力 編■

 巨人の唯一の問題点はその根本的なうさん臭さにあった。球団はあるきわめて右翼的な人物を中心とする正体不明の新聞社によって運営されており、その運営方針は(もちろん阪神ファンの目から見ればということだが)かなり奇妙に歪んだものだった。入団案内のパンフレットと選手規則を読めばそのだいたいのところはわかる。「球界の根幹を窮め国家にとって有為な選手の育成につとめる」、これがこの球団創設の精神であり、そしてその精神に賛同した多くの財界人が私財を投じ……というのが表向きの顔なのだが、その裏のことは例によって曖昧模糊としている。正確なところは誰にもわからない。ただの税金対策だと言うものもいるし、売名行為だと言うものもいる。いや、もっともっと深い読みがあるんだと言うものもいる。彼の説によればこの球団の出身者でスポーツニュース界に地下の閥を作ろうというのが設立者の目的なのだということであった。たしかに球団の中にはOBのトップ・エリートをあつめた特権的なクラブのようなものがあって、僕もくわしいことはよく知らないけれど、月に何度か徳光をまじえて研究会のようなものを開いており、そのクラブに入っている限りスポーツ番組の司会に関して心配はないということであった。



■阪神ファンのしきたり 編■

「悪いんだけどさ、六甲おろしは三塁側かなんかでやってくれないかな」と僕はきっぱりと言った。「それやられると応援する気なくなっちゃうんだ」
「でももう6回だよ」と彼は信じられないという顔をして言った。
「知ってるよ、それは。6回だろ?6回はまだ僕にとっては六甲おろしを歌う時間じゃないんだ。どうしてかは説明できないけどとにかく試合終了後に歌うものなんだよ。」
「駄目だよ。三塁側でやると巨人ファンから文句がくるんだ。ここなら一塁側だから誰からも文句はこないし」
「じゃあ歩み寄ろう」と僕は言った。「六甲おろしは歌っても構わない。まだ6回だけど。そのかわりジェット風船だけはやめてくれよ。連られて僕まで飛ばしちゃうからさ。それでいいだろ?」
「ジェ、ジェット風船?」と彼はびっくりとしたように訊きかえした。「ジェット風船ってなんだい、それ?」
「ジェット風船といえばジェット風船だよ。ぶんぶん飛ぶやつだよ」
「そんなのないよ」
 僕の頭は痛みはじめた。もうどうでもいいやという気もしたが、まあ言い出したことははっきりさせておこうと思って、僕は実際に六甲おろしを歌いながらジェット風船を飛ばした。
「ほら、これだよ、ちゃんとあるだろう?」
「そ、そうだな。たしかにあるな。気がつ、つかなかった」
「だからさ」と僕はベンチの上に腰を下ろして言った。「そこの部分だけを端折ってほしいんだよ。他のところは全部我慢するから。」
「駄目だよ」と彼は実にあっさりと言った。「六甲おろしを歌い始めると、無意識にジェット風船を飛ばしちゃうんだ。十年も毎日毎日やってるからさ。」
 僕はそれ以上何も言えなかった。いったい何が言えるんだろう?いちばんてっとり早いのはそのいまいましいジェット風船を破裂させてしまうことだったが、そんなことをしたら周囲の阪神フーリガンに半殺しにされるのは目に見えていた。僕が言葉を失って空しくベンチに腰かけていると彼はにこにこしながら僕を慰めてくれた。
「き、君もさ、一緒に六甲おろしを歌うといいのにさ」と彼は言って、それからジェット風船を飛ばしてしまった。



■偉大なる長嶋 編■

「あのね、私、大学に入ったとき巨人ファン関係のクラブに入ったの。巨人を応援したかったから。それがひどいいんちきな奴らの揃ってるところでね、今思い出してもゾッとするわよ。そこに入るとね、まず『長嶋語録』を読ませられるの。何ページから何ページまで読んでこいってね。巨人ファンは阪神ファンとラディカルにかかわりあわねばならぬものであって……なんて演説があってね。で、まあ仕方ないから私一所懸命『長嶋語録』読んだわよ、家に帰って。でも何がなんだか全然わかんないの、あるある探検隊以上に。三ページで放り出しちゃったわ。それで次の週のミーティングで、読んだけど何もわかりませんでした、ハイって言ったの。そしたらそれ以来阪神ファン扱いよ。ユーモアセンスがないだの、ノーテンキ性に欠けるだのね。冗談じゃないわよ。私はただ『長嶋語録』が理解できなかったって言っただけなのに。そんなのひどいと思わない?」
「ふむ」と僕は言った。
「ディスカッションってのがまたひどくってね。みんなわかったような顔して長嶋語使ってるのよ。それで私わかんないからそのたびに質問したの。『その「今年の清原君はシャープが鋭くなって」ってどういう意味ですか?』とか、『「今日初めての還暦を迎えまして。」ってどういうことですか?』とか、『淡口を代打に送ろうとしたときにバントの構えをして「代打、淡口」と言ったのはホントですか?』とかね。でも誰も説明してくれなかったわ。それどころか真剣に怒るの。そういうのって信じられる?」
「信じられる」



■張本の演説 編■

 態度のデカい大澤親分がビラを配っているあいだ、丸顔の張本が壇上に立って演説をした。ビラにはあのあらゆる事象を単純化する独特の簡潔な書体で「松坂の欺瞞的脂肪を粉砕し」「マスターリーグの集客に全力を結集し」「新庄のおちゃらけた態度に大喝を加える」と書いてあった。説は立派だったし、内容にとくに異論はなかったが、文章に説得力がなかった。いつもの古い唄だった。メロディーが同じで、歌詞のてにをはが違うだけだった。張本の真の敵は新庄ではなく、関口宏のツッコミだろうと僕は思った。



■松井の穴埋め 編■

「まあ当分巨人戦の視聴率は上がることもないと思うけど元気でな」と別れ際に永沢さんは言った。「でも前にいつか言ったように、ずっと先に変な球場でお前に会いそうな気がするんだ」
「楽しみにしてますよ」と僕は言った。
「ところであのときとりかえっこした選手のことだけどな、松井の方が良かった」
「同感ですね」と僕は笑って言った。「でも永沢さん、清原のこと大事にした方がいいですよ。あんな良いマッチョはなかなかいないし、あの人見かけより故障しやすいから」
「うん、それは知ってるよ」と彼は肯いた。「だから本当を言えばだな、松井の後を清原がひきうけてくれるのがいちばん良いんだよ。清原なら視聴率上がると思うし」
「冗談じゃないですよ」と僕は唖然として言った。
「冗談だよ」と永沢さんは言った。「ま、幸せになれよ。いろいろありそうだけれど、阪神ファンも相当に頑固だからなんとかうまくやれると思うよ。ひとつ忠告していいかな、俺から」
「いいですよ」
「ナベツネに同情するな」と彼は言った。「ナベツネに同情するのは下劣な人間のやることだ」
「覚えておきましょう」と僕は言った。そして我々は握手をして別れた。彼は東京ドームへ、僕は甲子園のぬかるみへと戻っていった。



■愛のジェット風船 編■

 カーテンを閉めた暗い部屋の中で僕とレイコさんは本当にあたり前のことのようにお互いのジェット風船を求め合った。僕は彼女の風船のビニル袋を破り、輪ゴムを外し、風船を取り出した。
「ねえ、私けっこう不思議な人生送ってきたけど、十九歳年下の男の子にジェット風船を膨らまされることになるとは思いもしなかったわね」とレイコさんは言った。
「じゃあ自分で膨らませますか?」と僕は言った。
「いいわよ、膨らませて」と彼女は言った。「でも私のジェット風船しわだらけだからがっかりしないでよ」
「僕、レイコさんのジェット風船のしわ好きですよ」
「泣けるわね」とレイコさんは小さな声で言った。

「ねえ、大丈夫よね、破裂しないようにしてくれるわよね?」とレイコさんは小さな声で僕に訊いた。「この古さで破裂すると恥ずかしいから」
「大丈夫ですよ。安心して」と僕は言った。
 ジェット風船を大きく膨らませると、彼女は体を震わせてため息をついた。僕は彼女のジェット風船をやさしくさするように撫でながら何度か膨らませて、そして何の予兆もなく突然発射した。それは押しとどめようのない激しい発射だった。僕は彼女にしがみついたまま、ジェット風船の中に何度も空気を注いだ。



■登場人物紹介■

僕…神戸出身の生っ粋のトラ党。阪神ファンを東京に広めるべく単身上京。しかし、松井無き後、巨人サイドが視聴率を上げるために阪神を頼みの綱にしている事実を目の当たりにし、「巨人は阪神の対極にあるのではなく、その一部として存在している」という思想に開眼。

直子…トラ党。昔の恋人がある日突然にG党に寝返ってしまったことにショックを受け、現在療養中。

緑…かつてはG党だったが、周囲のコアな巨人ファンについていけず、アンチ巨人へ転向。

突撃隊…東京出身のトラ党。周囲にトラ党が少ないせいかタイガースファンとしての流儀をよく知らず、しょっちゅう"僕"を困らせる。

永沢さん…G党のエリート。しかし巨人の動向を冷静に分析。ナベツネの後釜を狙っているとの噂も。

ハツミさん…ナベツネを嫌いながらもナベツネに似てきている永沢さんを淋しい目で見ている。本人は野球に全く興味なし。

レイコさん…古参のトラ党。昨今のダメトラぶりからノイローゼになってしまい、現在、直子と共に療養中。時々直子のためにギターで「六甲おろし」を弾く。