「ノルウェイの森」【2】


次の文章は村上春樹の『ノルウェイの森』の一部です。主人公の「僕」に向かって、「レイコさん」がある女の子にピアノを教えた体験を語ります。これを読んで、後の問いに答えなさい。なお、文章中の傍点は原文についているものです。

 「私は自分自身に対してよりは他人に対する方がずっと我慢づよいし、自分自身に対するよりは他人に対する方が物事の良い面を引きだしやすいの。私はそういうタイプの人間なのよ。マッチ箱のわきについているザラザラしたやつみたいな存在なのよ、要するに。でもいいのよ、それでべつに。そういうの私とくに嫌なわけじゃないもの。私、(1)二流のマッチ棒よりは一流のマッチ箱の方が好きよ。はっきりとそう思うようになったのは、そうね、その女の子を教えるようになってからね。それまでもっと若い頃にアルバイトで何人か教えたこともあるけど、そのときはべつにそんなこと思わなかったわ。その子を教えてはじめて(2)そう思ったの。あれ、私はこんなに人に物を教えるのが得意だったっけってね。それくらいレッスンはうまくいったの。
 昨日も言ったようにテクニックと言う点ではその子のピアノはたいしたことないし、音楽の専門家になろうっていうんでもないし、私としても余計のんびりやれたわけよ。それに彼女の通っていた学校はまずまずの成績をとっていれば大学までエスカレーター式に上っていける女子校で、それほどがつがつ勉強する必要もなかったからお母さんの方だって、『のんびりとおけいこ事でもして』ってなものよ。だから私もその子にああしろこうしろって押しつけなかったわ。押しつけられるのは嫌な子なんだなって最初会ったときに思ったから。口では愛想良くはいはいって言うけれど、絶対に自分のやりたいことしかやらない子なのよ。だからね、まずその子に自分の好きなように弾かせるの。百パーセント好きなように。次に私がその同じ曲をいろんなやり方で弾いてみせるの。そして二人でどの弾き方が良いだとか好きだとか討論するの。それからその子にもう一度弾かせるの。すると前より演奏が数段良くなってるのよ。 [A]
 レイコさんは一息ついて煙草の火先を眺めた。僕は黙って葡萄を食べつづけていた。
「私もかなり音楽的な勘はある方だとは思うけれど、その子は私以上だったわね。惜しいなあと思ったわよ。小さい頃から良い先生についてきちんとした訓練受けてたら良いところまでいってたのになあってね。でもそれは違うのよ。結局のところその子はきちんとした訓練に耐えることができない子なのよ。世の中にはそういう人っているのよ。素晴しい才能に恵まれながら、それを体系化するための努力ができないで、才能を細かくまきちらして終ってしまう人たちがね。私も何人かそういう人たちを見てきたわ。最初はとにかくもう凄いって思うの。たとえばものすごい難曲を楽譜の初見でバァーッと弾いちゃう人がいるわけよ。それもけっこううまくね。見てる方は圧倒されちゃうわよね。私なんかとてもとてもかなわないってね。でもそれだけなのよ。彼らはそこから先には行けないわけ。何故行けないか?行く努力をしないからよ。努力する訓練を叩きこまれていないからよ。スポイルされているのね。下手に才能があって小さい頃から努力しなくてもけっこう上手くやれてみんなが凄い凄いって賞めてくれるものだから、努力なんてものが下らなく見えちゃうのね。他の子が三週間かかる曲を半分で仕上げちゃうでしょ、すると先生の方もこの子はできるからって次に行かせちゃう。それもまた人の半分の時間で仕上げちゃう。また次に行く。そして叩かれるということを知らないまま、(3)人間形成に必要なある要素をおっことしていってしまうの。これは悲劇よね。まあ私にもいくぶんそういうところはあったんだけれど、幸いなことに私の先生はずいぶん厳しい人だったから、まだこの程度ですんでるのよ。
 でもね、その子にレッスンするのは楽しかったわよ。高性能のスポーツ・カーに乗って高速道路を走っているようなもんでね、ちょっと指を動かすだけでピッピッと素速く反応するのよ。いささか素速すぎるという場合があるにせよね。そういう子を教えるときのコツはまず賞めすぎないことよね。小さい頃から賞められ馴れてるから、いくら賞められたってまたかと思うだけなのよ。ときどき上手な賞め方をすればそれでいいのよ。それから物事を押しつけないこと。自分に選ばせること。先に先にと行かせないで立ちどまって考えさせること。それだけ。そうすれば(4)結構うまく行くのよ



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