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昨年の夏休み、家族で信州旅行にいった際、とある道路の料金所のおっちゃんが後ろにのっている子供達をみて「これあげよ」と小さなクワガタ(コクワガタ?)をくれた。子供達は大喜び。どうしても家で飼うと言う。その後、立ち寄った安曇野の森の中のペンションの近くで、これまた道を歩いているクワガタ(これもコクワガタ?)のメスを見つけ、どうしても一緒に飼うと言うので虫かごに入れて京都まで連れて帰ってきた。
しかし子供達の常なのか、案の定クワガタの世話は比較的家にいることの多い母親の仕事となって、子供達は3回に1回手伝えばいい方になっていた。
その後、冬を迎え、エサをやってもあまり土の中から出てこなかったが、今年、啓蟄の頃からオスの方は盛んに土の中から出てきてリンゴなどにかぶりつくようになった。まるで「これは僕のだ!」といわんばかりに、いつ見てもリンゴの芯に抱きついてかぶりついていた。しかしメスの方は一向に土から出て来ず、たまに探るとイヤそうにまた土の中に帰っていった。
子供達は多少興味がありながらも、もうそれほどクワガタに執着しなくなったので、相談の結果今年の春暖かくなったらどこかに逃がしてやろうねということになっていた。
そしてこの日、家族でピクニックがてら美山にやってきた訳である。
キャンプ場に着き、早速旧スキー場の方へ登る。適当な木々があるあたりにクワガタくんを放すことにした。
オスは案の定リンゴにかぶりついたままだ。ちょっと無理矢理だが引き離す。メスは土の中だから、ちょっと掘り返さないとわからないね、と言うことで少しずつ掘って出してみる。
掘っていた小枝に「コッ」と少し固い物が触れた。「いたいた」と思って回りからゆっくり掘り出す。
「アッ、死んでる」
子供達が叫んだ。つい4〜5日ほど前には生きていたのに。もうちょっと早く山に返してやればよかったね。ごめんね。僕たちのわがままのために・・・。
オスの方は何とか元気だが、半年以上も狭い水槽の中で飼われていたのに、急に見知らぬ山の中に放されて「????????」の連続の様子。無事生き延びてくれればいいが、自分で飛んだり樹液を見つけたり出来るのだろうか?たぶん子供達にはわかっていないだろう。陽気に「バイバーイ」とか言っている。
どうやら子供達はクワガタくんの今後よりお昼のサンドウィッチが気になるようだ。まあ、仕方がないとは思う。感受性は育てるものだ。でも、どうか、こうした生き物とのふれあい(他の命をもてあそんでいるのかもしれないが)を通して、他の命の大切さを感じて欲しいと思う。「もし自分が・・・」と相手の立場に立って考えられる力をつけて欲しいと願う。
彼らはまだ子供だから、自分の欲望を抑えきれずに走ってしまう場合が多い。しかしまだまだ許される年齢だ。世間では、決して許される年齢ではないのに、突っ走ってしまう「子供」が多い。それもやはり訓練で親の責任だな、なんてことを、たかだかクワガタを逃がしにきただけでアレコレ考えてしまった。
子供達に毛針釣りを教えながら、おいかわくんなどをちょっと釣り、次第に雨が降ってきたので帰路に着くことにした。
雨が降り始めると余計に新緑が美しい。
山つつじも、まだ薄い緑と調和するような優しい朱色で咲いている。
桜の季節はもっと派手な感じで、どちらかと言えば「何でもイテマエ〜〜」という感じだが、この季節になると春も落ち着いて見える。
この季節は、ウキウキすると言うよりも、なんだかしっとり落ち着いてしまう。
帰りにいつもの喫茶店に寄り、子供達と妻の大好きな「よもぎケーキ」をいただき、少しお話をして、まだ降る雨の中またゆっくりと車を走らせた。
お風呂にも入っていこうか、と言っていたが、子供達は後部座席で寝てしまっている。
静かになると、雨音が気になる。あのクワガタくんは、急に雨に打たれて大丈夫だろうか?うまくどこかに隠れているだろうか?既に鳥に食べられたりしていないだろうか?
・・・・・・?・・・・・?・・・・・・考えは想像になって無限に広がっていく。
静かになった車内に、昨日妻が買ったばかりのCDから、小田和正の「サヨナラ」が流れた。