1934年の新聞記事から

鈴木 耕三

 日本でテレビ放送が始まって50年に当る今年最初の投稿は、昨年に続いて70年前の新聞に掲載されたテレビ技術の動向に関する報告です。

 図書館のマイクロフィルムから取ったコピーをOCRで読み取ったので、フィルムの傷、古い字体、ルビなどを間違って認識してしまい、正しく直すのが大変でしたが、わが同級生ならばきっと面白く読んで下さると思い、丸一日かけて原稿を作りました。みなさんからの反響を期待します。

テレヴィはどうなる? いつ頃から実用的になるか?

早大教授・工学博士 山本 忠興

ラジオに遠慮させられて

◆◇「テレビジョン」はどうなるか?何時ごろから実用的になるか?しばしば聞かれる問題である。返答もきわめて曖昧なので、誰もかれもが惑いに惑う。何故にテレビジョンは世に出でんとして容易に出でざるか?人の聞かんと欲するところであろう。
◆◇活動写真とラジオが無かった世の中へ、忽然として今日の程度のテレビジョンが現われたならば、世人は恐らく奇術としか思わぬであろう。また非常な勢いでその実用が普及したであろうと思われる。しかるに活動写真はすでに発達と普及の絶頂にある。ラジオはまた非常な勢いで発達し、また普及している。ここにテレビジョンが加わればとの欲求は切実であるが、テレビジョンによりて加えらるべきニウスヴァリューは果たして幾何。これは大なる疑問である。今日のところ、わが国一般大衆の耳目を聳動するのは、何といっても野球とそのラジオ放送に如くものはない。巧妙なる語調をもって実景を彷佛せしむる今日のラジオ放送に、テレビジョンによる実景が映画幕に現れるとしたところで幾何の感興が増大さるべきか。しかもこの実景は活動写真よりは必然的に劣り、これがために必要となる設備も放送費も非常なる努力と失費を免れぬ。実用に供し得ざるにあらずして、供するに躊躇するのが実情である。
◆◇ラジオはいかにして実用的となったか。欧州大戦後、戦争用に作られた無線通信装置が無用の長物たらんとした。ことに米国において然りであった。果然この既製不用品となるべき製造能力がラジオの放送開始とともに有用化され、爾来10年にして今日の盛況を呈している。
◆◇つぎに活動写真によるニュースも相当普及する。多少の時日を隔ててはあるが、ラジオに対する蓄音機よりは遥かに有意義であり、また歓迎せられる。何事にも先走りをする北米合衆国さえもが、テレビジョンを出場(試験放送の他には)せしめぬのは何故か。昨年彼の地を旅行した節にこの間の消息を確かめたが、ラジオの人気を奪うてしかもこれを奪い切れないテレビジョンを出場せしむべき場合でない、なおまた昨年頃の未曾有の不景気もその一因であることを聞き込んだ。
 しからばテレビジョンの前途は悲観的であるかというに決してそうではない。人間の欲求はこれなくして承知が出来ない。のみならず、自分達が去る昭和5年の春に東京で初めて大衆公演を試みたのは、その後2週間目の米国スケネクタヂイ市の劇場でアレキサンダソン氏の公演以外、当時としては横着な先端を切った遣り方であったが、爾来3年半の間に内外ともに隠れた大努力の結果、準備が相当充実された。これが軍事上必要であるとか、または産業上かくかくの価値があるというならば、この3年半の間鳴かず飛ばずに秘めらるべきではなかった。この一両年、わが日本放送協会が直接間接その出現を援助し始めたことは、これが登場に大なる能を与えている。国内を統制しているわが国の放送界はイザとなれば他の何の国にも劣らぬテレビジョン進出の栄誉が荷われることと期待され、心強くもまた楽しまれる。

海外 国内をあげてドイツが進出 それにつぐ英・米

◆◇まず海外諸国の情報を旅行者と出版物の両方面から集めて判断すると、現在のところドイツが最も秩序ある進境を見せている。アメリカとイギリスは相当努力をしている。他の諸国の模様は明白でない。またあまり著名な進歩はないものと仮定してもと思われる。
◆◇アメリカにおけるテレビジョンの研究の中心は、今はRCA(ラジオ・コオポレション・オヴ・アメリカ)に移ったと見てよい。昨年会談した場合に、ジイ・イイ会社のアレキサンダソン氏は、助手および装置全部をRCAに提供したとのことであった。この人の方は受影側装置は早大式と酷似しており、「48線」の粗画ながら、5尺四方の画幕に人物とドラマを映出したので有名である。ウエスチング社のズウォリキン氏も同様で、RCAの系統でフィラデルフィヤの町続きのカムデンにあるヴィクトラ研究所に移って研究している。この人の方式は浜松高工式と同様で、ブラオン管を使用する方式で、昨夏すでに「120線」の装置を完成して、一度はニューヨーク市の最高塔なるエムパイヤ・ステート・ビルヂング階上から放送を実施せんと準備したのを、前述のごとくラジオの邪魔をしてドチも附かずになるとの理由で中止したとのことであった。8年夏「アイコノスコウプ」なる装置を発表したので、相当の反響を見てゐる。眼球の構造を参考にして得た考案で、光電管をモザイックに配置し、順々に走査接続を転換する方式である。
◆◇このズウォリキン氏の「アイコノスコウプ」は最新発明の一つで、テレビジョン送影用として出色のものである。自分の記憶では横浜高工教授の竹内強一郎君がややこれに近い案を持っておった。真空管内に光電効果ある物質を撒布した板面を設け、これに画像を結ばしめ、この板面を強力な電子の流れで走査するので、眼球に似た役目を果さしむることが出来る。機械的回転部のない点が特徴である。受影には「キネスコウプ」と称し、ブラオン管を用いている。
 アメリカでは諸都市に相当に認識された試験放送を行うているが、今のところズウォリキン氏が断然頭角を現している。
◆◇イギリスでは疾くよりベアード氏が放送を実施し、すでに4年にもなるが、このごろ彼地を旅行して居る川原田博士の来信によると、「30線」で毎秒12枚半の簡単な方式に止まりおり、来年は120線にするとの談を聞いたとのことである。このため100幾10万円の資金を固定させたと一昨年ごろ聞いたことがある。啓蒙時代のテレビジョンに大なる犠牲があるのはやむを得ない。最近は受影側で早大式同様「ケル・セル」による変光装置を採用しているとのことである。
◆◇イギリスではマルコニイ無線会社も研究に手を染め、粗密諸段の方式を試みている。これは電報代用に利用する考えもあるらしく、未だこれという特徴ある発表は聞かれぬ。
◆◇ドイツにおけるテレビジョンの発達は、毎年8月末頃に開かれるベルリンのラジオ博覧会の出品物の変遷から大体推定することが出来る。3年前の博覧会は親しく観覧する機会を得、その上に研究所の一、二を訪問することが出来た。昨年から今年へかけては雑誌の記事から大体の様子を察せられるが、本年は格段の進歩を成したと思われる。
◆◇ドイツにおいて郵政相は超短波で定時テレビジョン放送を長く実行して居り、かつ斯界の進歩を助長して居るので、国内の研究熱は旺盛であり進歩も著しい。本年8月のベルリンラジオ展覧会に出品されたテレビジョン装置の中で、目星しいものを雑誌の記事を基に集録して見る。今回の展覧会の出品から推して、ドイツのテレビジョン界の特徴が左の数点に現れている。
1. 走査線数は3年前までは30本が標準であったが、昨年は60本が多かったが、本年は90本が標準となり180本もある。線の数としては180本であれば先ず満足し得る緻密度に達したと考えてよい。線数は多くなくても他の諸点が優れておれば明瞭な画像が得られるので、一概に線数だけでは問題は解消せぬ。180本で他の急所を適切にせば、活動写真と匹敵する感興を与え得ると思われる。
2. 毎秒の画像の交替数は3年前は12.5枚であったが、本年は全部25枚と倍増した。毎秒15枚以上でないとチラツキが眼に感ずる。頃日は活動写真もトウキー用として24枚を用いているから、画像を活動写真と匹敵せしむるためには、思い切って25枚まで飛躍したであろう。
3. 放送波長は「ウィツレーベン」放送所から7米の超短波を使用している。走査線が90本で画像交替数が毎秒25となると超短波を使用すべきで、これが180本と増加すると実際問題として随分の困難が想像される。テレビジョン放送試験もこの辺に時日を要して居る理由もある。
4. 今一つドイツで前年から映画フィルムを使用して送像試験を行っておったが、近来はこの方向に相当重点を置いているらしい。

 テレビジョンで映画を放送することは相当興味があり、技術的にもよほど容易である。フィルムを通じて光電管に濃淡を感ぜしむることは、光度において数倍有利に働く。また得らるる受像もよほど良好となる。
 最近は実景をフィルムに撮影し、これを現像定着して送影または受影するので、この仲介フィルムによる受影法が異常な進歩を見たようである。事実はフィルムを露出してから僅か5秒乃至10秒間に受影機にかけて走査するとのことである。最近はエンドレッスのフィルムが定着走査の後、さらに拭い落とされて仲介用に働くとのことである。これをトウキーと同じく音声を同調すれば5秒乃至10秒の差で送受されることは大差ない。
 また一つの方法としては、テレビジョン放送の標準方式として、仲介フィルム方式として現場放送も行うことがあるのは、今日ラジオの中継放送と同様であるが、テレビジョンの中央放送局は固定して、諸方面より集めたニウス価値のある場面を仲介フィルムによりて放送することとせば、非常に簡単化する。昼の野球を一度はラジオで聞かし、更に試験時間外においてテレビジョン放送とせば、しかも声の放送はこれをフィルムに録音しておけば一挙両得である。

◆◇以上は最近ドイツにおけるテレビジョン界の情勢より判断した要点であるが、3、4の主要なる出品につき特徴を記して見る。
(1) フェルンゼー会社の出品  大衆用テレビジョンの先端的のもので、展覧会の中心部に設けられ、仲介フィルムを通じて無端の循環フィルム上に感光膜を沈着せしめ、乾燥室を経て受影機の視界に導き、ニポウ板とケルセルでネガチィヴ像を出しフイルムに撮影する。このフィルムには100分の1秒の露出で感光し、これを現像定着陽画となり、特殊のシネ・プロヂェクターで3メートルx4メートルという普通の映画用銀幕に映写さるることとて、活動写真とほとんど違いがない。この方法を送影側にも施設するとせば、送影はよほど特徴を持ち得ることは前述の通りである。
(2) デ・カ・デ会社の出品  この会社両3年来、螺鏡型の受像機を考案進出している。受影電流をネオン管または最新のソヂウム燈の如きガス放電管に加えて、相当の大きさを得ておったが、今回は早大式と同様に大光源と特殊光弁を使用するに至ったようである。ただしこの光弁が結晶板を使用する新型であるとのことである。この螺鏡の構造は角棒の金属鏡の集合にて作り、種々の特徴があるので、弱点もあるが一型として普及することと思われる。なおヘルツ研究所もこの型を出品したとのことで、この型に相当人気があることがわかる。
(3) ミハリー氏新鏡車型出品  ミハリー氏は3年前まではほぼ英国ベヤード型に似た型を採用しておったが、今度はワイラー鏡車に相当する鏡輪を定着し、小さい両面鏡を回転せしめて、同期用電動機を小型にし得たは大成功である。何というてもこの鏡車型をいま一歩進歩せしめずには大衆用の銀幕にテレビジョン画像を出し得ぬので、この方面に苦心しているものには、この着想の方向には同感の意を表し得る。
(4) ブラオン管諸出品  ブラオン管式の改良には、ドイツではアルデンヌ氏とおよびシュレエター氏(テレフンケン会社)が努力しておった。今回テレフンケン社の出品がある。またフェルンゼー社も放送協会も、レウェー社もブラオン管式を出品しているとのことである。テレフンケン社では走査線数を180本、交替数25本で、像の大きさ18センチx18センチということであるから、まず家庭用には一役勤め得ると思われる。多くは映画フィルムを送っておったとのことであるが、この方が容易でありかつ展覧会向けには便利である。しかし、ブラオン管は大きさに制限があり過ぎて長く、家庭でさえもの満足を買い得るか疑問であり、またブラオン管の寿命が短いために費用も案外馬鹿に出来まい。結局はラジオのマイクロフォン型のような感がないでもない。とにかく一度はこの型も流行すると思われる。

日本 海外に劣らぬ頼もしい現状 一両年中に実現!

 翻ってわが国内のテレビジョンの情勢如何というに、日本放送協会はドイツにおける郵政相に相当する役目を果すべき地位にあり、また近年やや消極的に研究援助に乗り出した。
 浜松工高の方式はブラオン管で走査線を100本とせるを300本まで増すこと可能と公言している。また短波長による放送の研究に立ち掛かり、多少の困難を経験しながら努力をされているが、結局は超短波の放送に進まるるであろう。また超短波となると種々の面倒を経験するであろうが頼母しい。
 電気試験所の曾根学士中心のテレビジョンは現に東京市電気博物館に出品されているが、曾根君はレンズを手製で磨きあげるという器用な方で、また走査用円板装置に改良を加えて、屋外太陽光下の実景までを送っている。受影側も水銀灯を使用し、同期装置その他に独特の改良を施し、現在では極めて実用的な送受影に成功している。
 放送協会の研究所でもドイツデカデ社の螺鏡型受影機に特徴のある同期装置と受影用光源に注意した一型を試作中で、わが国テレビジョン界に進出するに至るであろう。
 この他に多少の研究者があるが、まだ正式に乗り出しておらぬ。
 早大では研究所が新たに建築され、3年有半を基礎研究に費やした結果、東京朝日講堂で公演し、その後3回の展覧会に出品し、その内2回は169メートルの無線電波で放送したことや、戸塚野球場のネット裏の小放送所での経験で、ようやく充実した用意が出来たわけである。また128本の走査線の送受機も新春早々据え付けられ、映画フィルムの送影機も落成するので、最後の準備実験に取り掛かる間際である。
 一方、現在の活動写真に匹敵せしめんとする世界的形勢に順応して、送影側にはモザイック式整流型の走査法を考案し、受影側には独特の鏡車装置の考案に一転機を画せんとしているので、大衆用映写装置を完成するのも遠くはあるまい。
 かくのごとく、ここ一両年の間にテレビジョンは堂々と映画館や家庭に登場する見込みが立った。またこれがための準備実験も相当に進捗している充実した背景が成されている。海外においてテレビジョンが実用的に迎えらるる時には、わが国も遅れを取らずに自国製機器で断然進出することであり、また偶然三、四の型式が互いに対立しながらも併進して、わが国テレビジョン界を総合的に進出せしめていることは、邦家のためにまことに悦ぶべき事実である。

大阪毎日新聞 昭和9年1月5日




投稿の目次にもどる