神戸 mini2 同窓会
(付:神戸2002ルミナリエ)

懇親会  2002年12月12日(木)12:00〜  場所:東天閣(神戸) 

佐々木稔尚   鈴木耕三   藤尾芳男   保科信記  

東天閣の前で

トアロードを上りつめるあたりに、現役(単なる観光用ではないという意味)の異人館の建物がある。この建物で営業をしている北京料理店「東天閣」で午餐。
食後、鈴木さんの知り合いの店主から、面白い資料をみせてもらった。
旧居留地や当時大活躍した華僑にまつわる明治・大正・昭和初期の写真や資料などのコレクション2冊分。
革命に失敗して亡命してきた失意の孫文を「常盤花壇」で宴席をもうけて慰め、精神的な支援をする当時の兵庫県知事服部一三が時の外務大臣にあてた極秘(?)の公文書のコピーもあり、思いがけず歴史の勉強をさせてもらう。

たまたま、今日は神戸ルミナリエ2002の初日なので、折角だからついでに見て帰ろう、ということになり、点燈が始まるまで時間つぶし。
「諏訪山公園」をめざしたが、タクシードライバーは知ってか知らずが我々を公園の諏訪山ではなく、山の諏訪山につれて行って、ハイさようならとサッサと戻ってしまった。

「きみら、ニチメンツーカというのはどういうことか知ってるか?」

聞き慣れない言葉が、例によって、博覧強記の鈴木さんの口から出てきた。
あとの3人からは、「・・・?」、「昨日、合併を発表した業界第6位の商社の名前か?」、「円安の問題か?」とそれぞれに的外れ・バラバラの反応。

「そうやない。地球より内側にある惑星が、太陽と地球の間を通過することをいうのや。明治7年の金星の日面通過のときに、神戸にはるばるフランスから観測隊がやってきた。その記念碑が諏訪山公園に有る筈や。僕はそれを見たい。」

結局、のぞみは果たせず、頂上の第二展望台から、紀伊水道をはさんではるかに見える和歌山、淡路島を眺めて、ちょっといい空気を吸って下山という次第。

神戸に暮らしたことのある或る年齢以上の人なら、諏訪山と言われれば、まず、諏訪山公園を頭に描くはずだが、時代も変わったか...

西村コーヒーで(藤尾、鈴木) 西村コーヒーにて 佐々木、保科
(撮影:保科) (カメラ:保科)

まだ、時間があるので、「NISHIMURA'S COFFEE」と言う、これまた神戸っ子にはよく名の知れた喫茶店で一服。


以下は、神戸ルミナリエ2002の写真集


大丸南の交差点で開始を待つ 点燈!!
点燈までの40〜50分、寒さにめげず待機 光のトンネル(撮影:保科)

時間がくると、街頭のスピーカーから荘重なオルガン曲が流れる。すると何十万個の電球が一斉に点燈される。一瞬にして荘厳の光の世界が現れる。
「お〜〜っ!」というどよめきがおこる。
光に酔うというのか、点燈前のペラペラとしたやや貧相な感じのアーチは姿を消し、燦然とした光のトンネルがわれわれをその先にある希望の世界に導く。


群集の流れに入って 最終地点の東遊園地にて(保科、鈴木、佐々木)
雑踏の流れにまかせて歩く 400〜500m歩くと東遊園地に着く

まわりのビルの階上の部屋からもこのスペクタクルを眺めている人たちがいるが、このルミナリエに関して言えば、鎮魂のオルガン曲を聴きながら、光の中を歩くのがいちばん良いように思われる。


東遊園地にて(保科、佐々木、藤尾)
東遊園地のイルミネーションサークルの中で(撮影:鈴木)

最後に行き着くのが、東遊園地の広場に設営された、直径が40〜50mはあろうかと思われる王冠形のイルミネーションで、その大きさと明るさにびっくり。
筒状の光の壁の内側に入って人々は思い思いに記念写真をとったりしている。


巨大な光の王冠

このクライマックスを過ぎると、いわゆるフラワーロードに出る。そのあたり一帯には、今までの西洋スタイルの鎮魂ムードとは打って変わって、屋台がズラリと並び、なにやら純日本的な縁日の祭りのムードになる。
このあたりが、神戸のまた楽しいところであった。

藤尾 記


以上